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▼ 第62回 「龍が如く」 大人のためのゲームとは?
 「龍が如く」
少女を救うため一刻も早く現場に急行したいのに、街の不良に「金を出せ!」と何度も足止めを食らう。長く感じられるバトルへのローディングにいらつき、その怒りを彼らにぶつけ殴り倒し、地面に這い蹲ったその顔面を強烈に右足で踏み潰す。自分で操作しながら、「桐生ちゃん(主人公)、そりゃやり過ぎやー!」と思わず口にしてしまいそうな場面もある。
セガが12月に発売したこのソフト「龍が如く」(PS2用)は、そのプロデューサー名越稔洋氏が「大人向けのゲームを作った」と言う作品だ。
主人公桐生一馬は暴力団東城会堂島組の構成員、親友をかばい殺人犯として刑に服し10年後に仮出所を迎えるところから物語は大きく展開する。東城会の金庫から100億円の金が消え、その金が幹部たちの跡目争いを激化させるのだ。主人公は100億の行方の鍵を握る少女と共に、事件に巻き込まれていくという謎解きのストーリーが進行し、次々と現れる敵を倒しながら事件の真相に迫って行く。
当然レーティングは18歳以上対象で、確かに強烈な暴力表現が随所に見られる。
▼ゲームは感情に踏み込めるか?  8月に行われた発表会より 中央がプロデューサー名越稔洋氏、シナリオ監修の馳星周氏(画面右)、声優を勤めた渡哲也氏(左) だがゲームを進める内にこの作品の特徴は、そういった暴力表現だけではないことに気づかされる。いやむしろ、だんだんとバトル(特に街のヤクザとの)が面倒になり、次のストーリー展開を待ち望みゲームを早く進めるため止められなくなる。
ストーリー監修を人気作家の馳星周氏が勤めただけあって、裏切りあり、どんでん返しあり。人間のドロドロとした感情がむき出しに表現され、馳氏の小説を読むのに似た面白さと一種のぞっとする感覚を持つのだ。
この作品のセールスコピーは「ゲームはもっと踏み込めないのか。」。ゲームというメディアをもって何をなしうるのか、ゲームが与える感動の限界に挑戦したいという思いがあったはずで、確かに今までのゲームとは一味違う面白さがそこにはある。
▼物語とゲームのお約束 だがストーリーを作り上げれば作り上げるほど、矛盾もつきまとう。拳銃で撃たれたり、刃物で差されたりしてもスタミナンX(ゲーム中の回復剤)1本で主人公は容易に回復してしまうのには、違和感を持たざるを得ない。早く助けに行かなくてはならないはずなのに、ドン・キホーテ(ゲーム中に実際に登場する)で買い物して装備を整えてしまう。
また物語の主人公という立ち位置上、ある程度は必要なことなのかもしれないが、桐生一馬があまりにもいい人過ぎ、馳テイスト満載の世界観で浮いた存在となる。
更にこの作品に、コマンドを入力して技を出すというゲームアクションが必要なのかという疑問さえ抱く。新しいものに挑戦しようとしながらも、昔からのテレビゲームというものに作り手自身、知らぬ間に引きずられている部分があるのではないだろうか。
ゲームとしてのお約束なのだろうが、お遣いイベント的に主人公を動かさねばならないのは、時としてストーリーを楽しむ上では苦痛に感じる。
▼更なる挑戦を
筆者は途中防弾チョッキを手に入れ、拳銃にもひるまない主人公を頭の中で正当化し気がつくと13時間ほどかけてこの作品をクリア、熱い物語を味わった。気になる部分もあるのだが、やって良かった作品として強い印象が残る。大人のエンターテインメントとして楽しむことの出来る内容だ。
実際のセールスは当初の受注状況はセガが考えていたほどよくなかったようだが、発売後順調に伸び30万に迫る勢い。現在の市場ではかなり優秀な数字と言え、ユーザーは作品の面白さを支持している。
名越氏は「新しいものを作って、訴えていくことでゲームに対する期待値を上げて行きたい」という。 その言葉どおり、進化し続けるメディア「ゲーム」でどんな物語を紡ぎ出すのか、まだまだ可能性は残されていることを再認識させてくれる作品でもある。
この作品をゴールとせず、新しいスタートとして次なる挑戦を期待したい。
参考:「龍が如く」公式サイト
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